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識者の目

製造業DX実現のカギ~第28回

価値の変容と不確実性への対応

かつては長期経営計画などを事細かにしっかり立てて、その進捗を追うのが正しいとされてきた。だが、先が見えない世の中では、長期のビジョンや企業の在り方はしっかり示しつつ、DX実現により変化に対応できる企業体質づくりが必要だと確信している。

株価総額ではトヨタを上回ったテスラ

DX実現の必要性が叫ばれている背景には社会環境の変化が根底にある。ここでは「価値の変容」と「不確実性」をキーワードに解説したい。

まずは「価値の変容」について、日本における変遷を振り返ってみる。まず、戦後直後は「衣食住」が足りていることが価値であり、幸せだった。その後、高度成長期には、「三種の神器(テレビ・洗濯機・冷蔵庫)」が登場し、家事の仕方や買い物の仕方に革命をもたらし、それまで新聞とラジオによるテキスト情報が中心だった情報に、「映像」という付加価値がつけられ、伝達される情報量が格段に増えた。

三種の神器が普及し始めた時期においては「テレビ」が家庭にあることがステータスであった。そのため、価格や機能も消費者の選定基準ではあったであろうが、消費者は「テレビをお茶の間に置く」こと自体が幸せであり、そのメーカーがどこであろうが、性能がどうであろうが、価値の本質には変わりがなかった。

誤解を恐れずにいうと、この時代、メーカーはとにかく「テレビを作る」「届ける」ことに専念さえすればよかった。極論をいうと、「良い家電メーカー=三種の神器を作っているメーカー」であった。しかし、高度成長期後は、消費者の要求も高まり、製品がスペックで選ばれる時代になってくる。

この時代になると、作っているだけでは消費者に選ばれず、スペックが良いものを開発したうえで、「高い品質で」「大量に」「安く」供給できるメーカーが業績を伸ばした。端的にいうとこの時代までは「モノ」に価値の比重が置かれていた。

ところが現在はどうだろうか。生活に必要なものは世の中に行き渡り、スペックや価格だけでは商品は売れない時代となってきた。個人の好みに合わせて選べることや、ブランドを含めたその商品の物語に人は興味を持ち、商品を購入し、企業の価値がさらに高まる。

新製品が発売される度に大きなニュースとなり、都度買い替えるほどのファンがいるiPhoneは世界中で売れ、2020年度の生産台数の目標が年間50万台のテスラが、グループで1000万台を生産するトヨタ自動車を圧倒する株式時価総額を誇ったのはその良き証左である。

■変化への対応力がカギとなる

一方で、生活に不可欠なものは最低限の品質が担保されていれば基本的には価格の勝負になる。スペックの勝負ができる領域も存在するが、既に多くのものはコモディティ化してしまい、物語やブランド力がない「製品」だけでは付加価値をつけにくい時代となっている。

この時代の変遷を言い換えると、スペックが高く品質が良いものを低いコストで大量生産できるメーカーが強いとされていた時代から、市場が認める価値の変容によって、「強いメーカー」の定義が画一的ではなくなってきたということでもある。工場側に視点を移すと、良い工場の指標は生産性だけではなくなる。もちろん生産性も求められるが、前後の工程を含めて利益を生み出せる工場かどうかが問われる。そのためにはメーカーの目的に合致しながらも、変化に強い工場が必要となってくる。

私見にはなるが、要人を乗せる高級車メーカーだったら職人による技を製品に反映させやすい工場、趣味性と上質感を両立する自動車メーカーであれば高品質なベース車両を大量生産しながら、内装やカラーリングがカスタマイズしやすい工場、アジアの大衆車メーカーであれば徹底的なコストダウンができる工場といった具合だ。最後に挙げた例はアジア市場で高所得者層が増えてくる状況に合わせて、高級車ラインアップを増やし、コストダウンと同時に品質管理が徹底できる工場に変化をしなくてはならない。価値の変容に合わせた工場が必要なのだ。

また、社会の不確実性も日に日に高まっている。経済産業省による「2020年版ものづくり白書」においては、国際情勢の不確実性や自然災害の増加による影響について言及がなされ、これらの不確実性に対応するためには製造業の企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)を高める必要があり、その際「デジタル化が有効」とまとめられている。

乱暴な解釈をするならば、ここでも「強い工場」が良い工場ではなく、「柔軟な工場」が良い工場とされている。

(2023年1月25日号掲載)

チームクロスFA プロデュース統括 天野 眞也
あまの しんや=1969年東京生まれ。法政大学卒。1992年キーエンス入社。2年目には全社内で営業トップの成績を残した「伝説のセールスマン」。2010年にキーエンス退社、起業。FA/PA/R&D領域におけるコンサルティング を行うほか、現在はFAプロダクツ、日本サポートシステム、ロボコム等の代表取締役、ロボットSIerによるコンソーシアム『チームクロスFA』のプロデュース統括を歴任。趣味は車、バイク、ゴルフなど。