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識者の目

神戸大学 経済経営研究所 副所長 佐藤 隆広 教授

第三次インド経済ブーム到来

世界最大の人口を有するインド。国連の予測では2060年まで拡大するとしており、豊富な労働力が強みだ。豊かな人的資源と主要国でトップクラスの成長率を誇るインド市場に大きな期待をかけ、コロナ禍を抜けた今、進出を目指す日系企業が増えている。インド経済を研究する神戸大学の佐藤隆広教授は、現状を「経済自由化に起因する94~98年、BRICsによる03~10年に続く、第三次インド経済ブームの始まり」と見る。そして「最大に注視すべきは4~5月の下院総選挙の行方」とする。政局変化による日系企業への影響について話を聞いた。

政局注視と労働法典の改正理解を

――現状のインド経済と直近の先行きは。

「足元にインフレがあるものの好調です。IMFの統計では23年の成長率が67%24年が65%、そして25年は65%と主要国で最速の成長スピード。インフレ率は5%台と良い数字ではないですが目標とする4±2%のレンジ内。27年に日本とドイツを抜き世界3位の経済大国になるという予測も、期待が高まる大きな背景です」

――日系企業のインド進出が明確になってきました。

23年は日本がG7、インドがG20の議長国を務め『第三次インド経済ブーム』と言えるほど注目が集まりました。コロナ禍がインドから撤退する企業と、かじりついてでも取り組む企業にふるい分けました。脱中国や台湾海峡危機などの地政学リスクもインド進出の追い風です」

――最大のリスクは4~5月に行われる下院総選挙です。

「モディ政権が再選するか、再選にしても大勝するのか、連立を組むのかによって整合的な経済政策を行えるか決まります。野党が連立政権を組んだ場合は2つのシナリオがあります。1つは経済自由化を進めてきた国民会議派が野党の中軸となり、現状の保護主義的な政策を反転し、経済改革に舵を切る。これは日系企業にもインド経済にも恩恵をもたらすでしょう。もう1つは中道左派の政党が前に出て、労働者や中小企業の優遇によりビジネスが停滞する。これは大企業や外国企業にとって悪いシナリオです」

「与党が敗北すれば、野党による様々な政党の寄り合い所帯に。その場合は、上記のようにどのような政策が実行されるのか全く予想できません」

――製造業と関係が深い政策は。

「先端分野をインドで生産し、生産額や投資額に応じて補助金を交付する生産運動インセンティブ(PLI)は順調に進展しています。今熱いのはインド半導体ミッション(ISM)。半導体国産化に向け巨額の補助金を支給するもので、マイクロンが先陣をきっています。タタ、ベダンタ、台湾のフォックスコンが半導体製造工場の立ち上げに関心を示しています」

――テスラのインド市場参入も話題です。

「テスラはEV輸入関税の軽減を求めていますが『メイク・イン・インディア』が実現すれば自動車市場に大きな影響を与え、ゲームチェンジャーの役割を果たす可能性がありますね。充電ステーションの普及加速で、インフラの劇的改善の契機ともなるでしょう」

■「労働法典」施行の準備を

――労使関係で重要なことは。

「モディ政権3期目が成立した場合、順延中の『労働法典』が施行されるでしょう。これは複雑なインドの労働法を4つの労働法典に集約し簡素化と体系化を図ったものですが、コロナ禍で施行は順延に。そのタイミングで農業関連三法を施行したところ、農民から大反発が起き、廃案に至りました。農産物物流の近代化や現代化、農家側の権利を保障する農民にとってよい法律でしたが理解が深まらずモディ氏が自ら謝罪する事態にまで及びました。

労働法典も社会保障制度内に労働者を包摂するとか、最低賃金の規定など労使双方にプラスの法律で、既に準備は整っており後は施行するだけ。モディ政権が大勝すれば実施するでしょう。不要な反対運動を避けるために、きちんと労使間で話し合えば、企業レベルで混乱を避けられます。人事やフォアマン、労働組合の執行部や経営者で法律の趣旨を理解し、認識を今からすり合わせておくことが重要です」

(2024年2月25日号掲載)

神戸大学 経済経営研究所 副所長 佐藤 隆広 教授