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Opinion

愛知大学 国際ビジネスセンター所長 現代中国学部 准教授 阿部 宏忠

ジョホールバルは「次の深圳」に発展するのか

9月下旬、筆者はマレーシア最南端のジョホールバルを訪れた。本学現代中国部の留学プログラムに参加する2年次学生20名を引率するためだ。この地名を聞くと、筆者の世代ではサッカー日本代表がW杯初出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」を想起するが、今の大学生にとっては生前の「昔話」である。

あべ・ひろただ 20年間の日本貿易振興機構(JETRO)勤務を経て2011年から現職に。JETROでは北京、上海、青島に計10年間駐在し、日系企業の中国進出を支援したほか中国市場を調査。1968年生まれ。

ジョホール州の州都であるジョホールバルは人口172万人(2021年)で、首都クアラルンプールに次ぐマレーシア第2の都市。ジョホール海峡に架かる全長1㌔のコーズウェイ橋を渡れば、もうそこは隣国シンガポールとなる。

ジョホールバルとシンガポールは、香港と深圳との関係になぞられることがある。

深圳は1979年、市場経済の実験場として外資導入を狙った「経済特区」の1つに指定された。豊富で安価な労働力に加え、手厚い優遇措置を武器に、隣接する香港の繊維、雑貨メーカーなどを引き寄せた。その後、日系、台湾系企業等も参戦し、深圳は香港の「後背地」として目覚ましい発展を遂げていった。

「対外開放政策の成功例」と鄧小平がたたえた深圳はいまや、世界有数のハイテク産業集積地となっている。ファーウェイやBYD、ドローン最大手のDJIといった中国を代表する民営企業が本社を構えている。

■進むシンガポール、中国との経済連携

では、中国で「次の深圳」と呼ばれるジョホールバルはどうであろうか。 同地域の開発計画に「イスカンダル・マレーシア」がある。マレーシア政府が打ち出した5つの重点地域開発プロジェクトの一つで、対象エリアの総面積はシンガポールの3倍にも及ぶ。2006年からスタートし、2025年を完了予定とした長期計画だ。

同計画はジョホールバルをシンガポールの後背地として位置付けることで、経済活性化を図る狙いがある。ジェトロ・クアラルンプール事務所によると、「202210月時点のイスカンダル地域開発庁(IRDA)への取材では、200621年(ストックベース)の実績で、投資件数ではシンガポール、金額では中国が最多」という。

シンガポールでは、好調な経済に伴う人件費、不動産、物価の高騰が続いており、ジョホールバルへの関心が再度高まりつつある。コスト低減を狙った事業拠点の移転、一部業務の移管が増えているほか、データセンター(DC)を新設・移設する動きもある。これはマレーシア政府が昨年、「デジタル経済圏促進スキーム」の一環として、DC建設などに対し、新たな税優遇措置を盛り込んだことも後押しとなっている。

また、両国間では人の往来が活発で、通勤・通学等の越境移動は1日あたり30万人以上にも達するという。特に朝夕のラッシュ時では深刻な交通渋滞が発生し、問題化している。両国政府は渋滞緩和を目指し、全長4㌔の高速輸送システム(RTS)鉄道の建設が進めている。2026年末までに開業する見込みで、両国経済交流の更なる活発化が期待されている。

一方、当初見込まれた活況とは程遠い様相となっているのが「フォレスト・シティ」。中国不動産最大手の碧桂園が開発を主導する巨大都市開発プロジェクトだ。総工費1000億㌦を投じ、4つの人工島からなる1380㌶を順次開発し、70万人の居住を目指している。

各種報道によれば、2015年に開発が始まったものの、コロナ禍等の影響もあって入居者は9千人程度に留まっている。最近では、碧桂園自体の経営悪化問題が表面化し、開発への影響も不安視されている。マレーシアのアンワル首相は8月、フォレスト・シティを「金融特区」に指定し、知識労働者に対する一律15%の特別所得税率の適用など、新たな優遇措置を表明した。この支援策が住民誘致の呼び水となるのか注目される。

20231210日号掲載)