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けんかっ早いけど人が好き Vol.34

秋の気配

このところ、地方に行く仕事が多い。日帰りが十分可能であるにもかかわらず、ここぞとばかりに宿をとり、散策ができそうな場所を見つけてはカバンに運動靴を忍ばせる。今年の夏の暑さは我慢の限度を超えていたが、最近はだいぶ歩きやすくなってきた。そして、山の方では早い秋が始まっている。

イチョウの木には、銀杏が実をつけはじめていた。

秋はいい。新緑の頃も捨てがたいが私は秋の方が好きだ。ひんやりとした空気のなかに木々が放つ香りがつまっていて、息をするたびに脳まで届く。スーハースーハーと2度ほど息をするだけで、生きていてよかったと本気で思う。こんな場所に住めたらな。若いころから密かに企んでいることだ。朝、目覚めると窓の外には木々が重なり、遠くに雪をかぶった山々が見えればなおいい。窓を開け空気を入れ替え、スーハーと呼吸をする。そんな毎日が送れたらどんなにいいだろう。

ところで私には仲のいい女友達が何人かいる。歳をとったらお互い近くに住み、互助会を作ろうと言いあう仲だ。老後に向けた二千万円など貯められるはずもなく、だったら自分たちで支えあおうというのである。私は彼女たちにけしかけた。ねえ、田舎のログハウスに住まない?と。

ふだんから雪山を見ると落ち着くとか、那須高原にお気に入りのホテルがあると言っている友人たちだ。この提案に乗ってくると信じていた。ところが私の言葉が終わらないうちに一人が言った。

「せっかくど田舎から出てきたのに、なんでもどらなくちゃいけないのよ?

友人の実家はかなり田舎にあり、そこでの生活がいやで、やっとの思いで都会に出てきたという。なのに、なぜそんな不便な場所にもどらなければならないのだと。彼女は続ける。歳をとったときに必要なのは、徒歩圏に病院、スーパー、飲食店があることだ。田舎へ移住というのは元気に動けるときにする話で、終の棲家にしたら地獄を見ることになるのだと。たしかに免許返納をして移動の足を失ったら互助会どころではない。

あえなく私の森のなかで静かに過ごす老後計画は玉砕した。そうなのだ。旅で数日過ごすのと生活をすることは、根本的なことがまるで違う。スーハーと深呼吸をするのは、旅で我慢することにするか。

(2022年10月10日号掲載)

岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)
神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。内閣府戦略的イノベーションプログラム自動運転推進委員会構成員