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MOTO BUSINESS SERVICE INDIA Pvt. Ltd. Managing Director 中尾 浩 氏/Routematic Sriram Kannan(スリラム・カナン)CEO

世界人口の過半数を占める、ごく限られた所得で暮らす人々。モビリティがあれば働けるが高嶺の花だ。彼らの生活を事業を通じ向上させるには何ができるのか。自問したヤマハ発動機は「自社ブランドにこだわらず、彼らが求めるモビリティを彼らの手に届く形で提供する」という道を選んだ。"2輪のヤマハ"が3輪や4輪を含む様々なメーカーのモビリティを所有し、インドやナイジェリアでMaaS(Mobility as a Service)事業を手がけるプラットフォーマーを通じて人々へ届けるという異色のビジネス。インドの現地法人MOTO BUSINESS SERVICE INDIA(MBSI)の中尾 浩Managing Directorへ取材すると、新事業の裏にあるヤマハ発動機のDNAが垣間見えた。 

MOTO BUSINESS SERVICE INDIA Pvt. Ltd. (ヤマハ発動機100%出資子会社)
Managing Director 中尾 浩 氏


真にモビリティを欲する人へ最適な1台を


いわゆる新興国と呼ばれる国々において、モビリティの自己所有には困難が伴うケースが多い。例えばアフリカ諸国では銀行口座の開設が難しく、ローンを組んだ後は30%近い金利がのしかかる。所得格差の大きいインドではどうか。こちらも、頭金の準備やローン審査がモビリティ購入を望む多くの人々の意思を道半ばで挫いてしまっている。

折しもこれらの国々では、Uberに代表されるMaaSビジネスが急速に社会へ浸透中だ。つまりモビリティさえ手に入れば働いて生活の質を上げられるチャンスが大いにあるのだが、肝心要のモビリティがなかなか購入できない。この層の人々へリーチするには付加価値の高い2輪を製造販売する従来のヤマハ発動機のスキームでは限界がある。「お客様のいちばん欲しているものにストレートフォワードに向き合いたい」(中尾氏)。この思いが新事業の骨子となり、2021年のMBSIの設立へつながった。

MBSIの本拠はインド第3の都市・南部ベンガルール。54人の従業員のうち40人弱がここで働く。IT産業が集積する同地では、配車サービスやシェアリングなどのMaaSが日本より早く深く人々の生活に浸透している。同社は所有する様々なモビリティをMaaS事業者へ貸与。彼らのサービスを通じてモビリティを使いたい人へ最適な1台を届ける事業をインド各地で展開する。

顧客は2輪レンタルで注目を浴びるROYAL BROTHERS社や、企業の従業員向けDRT(需要に応じ時間や路線を変更する交通サービス)を手がけるRoutematic社(下にインタビュー)など。ベンチャー比率の高いMaaS事業者は多くがアセットライト(資産保有を抑え財務を軽くする経営)志向で、サービス拡大のため車両やドライバーを増やしたいと考える。MBSIとの協調領域が生まれるわけだ。

ユニークなのはヤマハブランドに固執しない柔軟な姿勢。2輪・3輪・4輪、あるいは内燃機関車とEVをニーズに応じてミックス。工場や保守現場を入念に視察し、サービスと品質が担保されたメーカーを見極めて保有車両を増やす。2輪メーカーの知見がここで活きる。中尾氏は「我々の車両を使って働く父親が、車両起因のトラブルに巻き込まれず無事に子供の元へ帰るのが何より重要」とまっすぐ語る。

他社のモビリティを扱うことへ抵抗はなかったか。そうたずねると、中尾氏は「慎重論も出ましたが、ヤマハありきでは押しつけになりかねない思いがありました」と振り返った。

「インドやアフリカには我々がサポートしたい人々がおり、彼らの人生を良くするためにモビリティ事業者として提供できるビジネスがある。そのうえで選ばれるのが車両で、選択は顧客へ委ねるべきです。選ばれるポジションには努力で到達すべきだと思っています。もちろん、人気のモビリティの傾向や要素は2輪事業へフィードバックします。結果的にこの事業で我々の2輪が望まれればヤマハ冥利に尽きますね」

■創業者が新興国を目にしたら

ヤマハ発動機の創業は戦争の爪痕を残す1955年。日々に汲々とする日本とモビリティで余暇を楽しむ海外の暮らしを見比べた創業者が、生活の質の向上を願い2輪生産をはじめたのがルーツという。

「つまりヤマハ発動機はQuality of Lifeの向上を目的にしています」と中尾氏は話す。ヤマハのバイク〟は世界的ブランドに成長を遂げたが、付加価値の高さゆえ所得が限られる人々へリーチが難しいのも事実。「仮に創業者が今の新興国を目にしたら、当時の日本と同じことを考えたのではと解釈しました。だとすれば取り組むべきはベース・オブ・ピラミッド(限りある所得で生計を立てる階層)に属する方々の生活の改善。我々のDNAに立ち返るのが使命と考えたんです」

インドで事業を開始すると想定した社会課題はやはり存在した。「僕らもそれをやりたいんだよ」。理念に共鳴するパートナーは想定より多く顧客開拓で今のところ苦労はないという。競合が主に内燃機関車を扱うなか、保有車両の半分をEVにしたのも奏功した。

「日進月歩の最中のEVは品質が安定せず、予期せぬバッテリダウンなど予測が難しい」。これが多くの競合がEV導入を見送る理由だが、ベンガルールに集う大手テック企業は脱炭素への感度も高く需要は旺盛だ。同社はあえて今のうちにEVを増やし、苦労しつつ知見を重ねる。「我々は新参。トレンドから逃げてはだめ。現状をブレークスルーできればEVが主流になった際に必ず強みになると確信しています」

中尾氏が赴任すぐに掲げた方針は「Grow with existing partner(既存顧客と共に成長を)」。MaaS事業者と伴走するビジネスモデルで、顧客は多くがスタートアップ。だからこそ顧客の成長を重視し規模の拡大を急ぎすぎない。「信頼関係を築いたうえでパートナーの財務的な成績表を作っています。改善すべき点を見つけ、彼らが順調に成長するサポートをしたいからです」

「真面目にやっていれば規模はそれなりに拡大できると思う」と中尾氏は展望する。「けれど規模より我々が実現したいのは車両を使う方が安全に仕事を終え、生活が改善されること。支える我々自身がサステナブルでなければならないし、パートナーも長いレンジで見極め、車両も責任をもって整備する必要があります。最終的に幸せにしたい人が不幸せになるビジネスに意味はありません。はたから見ると遠回りに見えるこのやり方が、私にはいちばんの近道に見えています」


Routematic 
Sriram Kannan(スリラム・カナン)CEO


インドの通勤を変えるイノベーター


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MOTO BUSINESS SERVICE INDIAMBSI、上に記事)のビジネスパートナーであるRoutematic社。Sriram Kannan(スリラム・カナン)CEOは自らの事業を「我々はUberではなく、人の輸送におけるFlipkart(インドの大手EC企業)あるいはAmazonです」と表現した。インド・ベンガルールを本拠に企業の従業員を対象にしたDRT事業(Demand Responsive Transit=利用者の需要に合わせて時間や路線を柔軟に変更する交通サービス)を手がけ、ボッシュが200万ドルを出資するなど大きな注目を集める。インドは交通渋滞が社会問題化。特にベンガルールは世界有数の渋滞都市とされるが、Googleなど世界的IT企業が拠点を構える「石を投げればエンジニアに当たる」ほどのIT都市でもある。異なる国の異なるタイムゾーンで働く従業員を安全・快適に輸送するのは企業の責務で、Routematic社はAIを活用し、最適な配車で3~4人の従業員を一度にピックアップして時間通り送迎する。激しい渋滞をはねのける革新的サービスの内容を聞いた。


我々は通勤する人々を輸送する事業を行っています。人の輸送には物の輸送にはない「快適性」というパラメータがあり、これが最重要です。1時間で届けるべき人を2時間で届けるのではダメですよね? 我々の定刻到着率は95%以上で、履行率は100%。安全に管理されたプレミアムな輸送サービスです。

我々のビジネスは、Ola(インドのライドシェア大手)やUberのような配車サービス会社とは大きく異なります。Uberは点から点の輸送ですが、我々のサービスはインド初で唯一の実用的なDRTプラットフォームです。ロギング(出社)は5~6時間前までに配車依頼を貰い、一度に3~4人をプーリングして輸送コストを削減します。会社や国ごとに勤務シフトが違うため、ロギングでは50種類のシフトに合わせたタイムテーブルを用意しています。ログオフ(帰宅)の場合は残業を考慮し、1時間前までに依頼を貰えれば配車計画が可能です。

我々のサービス以前、企業はExcelを使ったマニュアル的手法で通勤者の輸送を管理していました。しかし問題点はNo-Show(予約通り現れない)。設定した配車ルートをすぐには変えられません。対して我々のシステムはすべてをクラウドで管理。AIを使い自動で最適な配車計画を立てます。顧客が元々使っていたマニュアルシステムのルート設計を元に、AIを使う上でのポリシーを設定するのです。輸送する人数とピッキング地点から、どうすれば最小台数で最適に輸送できるかを自動で導きます。ピッキング地点は最後の瞬間までダイナミック(動的)で、キャンセルがあれば配車されません。従って運航距離も最小限に抑えられ、輸送の快適性も向上します。

ベンガルールは渋滞しますが、独自のアルゴリズムを使った「ETAEstimated Time of Arrival)」で配車にかかる時間を推計します。同じ車が同じルートを繰り返し走るので、1日ごとに125万㌔メートル分の走行データを取得しAIに学習させているのです。

顧客はあらゆる種類の会社で、現在は200社近く。1日に30万回の乗車があり、4人を1度に運ぶのでCO2の削減という意味ではEVより効果が大きい。さらにEVを導入すればどうなるか想像できるでしょう? 実は最近は我々のサービスも、内燃機関車からEVを使ったビジネスモデルに変わってきています。

EVは今のところ車両価格が高く内燃機関車の方が利益を出せます。しかしEVを求める顧客は多く、技術的進化でコストや走行性能の改善も期待できる。つまり我々が現在進めるEV導入は目先の利益のためではなく、成長市場を獲得するための戦略です。オーストラリアとアメリカの勤務シフトを束ねるなど、うまくルートを設計して1日の走行回数が増えれば、EVの方が圧倒的に利益が出せる未来が見えています。EV比率の向上に果敢にトライすれば、EBITDA(営業利益から減価償却費などを考慮した財務指標)で25-30%のプラスが見えてくるはずです。

我々は設立10年の成熟した会社。100%アセットライトを望んでおり、従ってMBSIは重要なパートナーです。売上より利益と着実な成長を重視しています。我々は「Japanese like company」なんです(Sriram氏はそう言って笑ったが、実際には彼らの成長率は日本の大多数の企業より圧倒的に高い)。

(2024年2月25日号掲載)