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日伸工業 技術部 金型加工課 技術補 定常 肇 さん

バリレス金型を生んだ『おうみの名工』

マイクログラインダーはもちろん、竹や割りばし、爪楊枝や綿棒にいたるまで使える物はすべて使う。独自に配合した研磨剤と自作の道具を指のように操り、顕微鏡をのぞき込みながら金型を磨き上げる姿はまさに匠そのものだ。

令和4年度の現代の名工に選出された日伸工業(大津市)の定常肇さんを、技術部長の原田正執行役員は「凝ったらとことんやり抜く人」と評する。本人は「一度気になりだすと最後まで気になるだけです」と笑うが、その気質と粘り強さが、金型を精巧に仕上げる技術を他者が真似できないレベルにまで押し上げることになった。

さだつね・はじめ 1964年滋賀県生まれ。定時制高校と職業訓練校に通いながら17歳で精密プレス部品メーカー 日伸工業の門を叩く。旋盤加工やフライス加工など様々な業務を経験したのち、20年以上にわたり精密プレス金型の研磨・手仕上げ工程に従事。爪楊枝や竹を用いた自作の道具と顕微鏡を駆使し、手感覚で複雑な金型の表面を滑らかに磨き上げる卓越した技能を有する。日伸工業が独自開発したバリの出ないプレス工法「ラウンドトリム」に必要な精密金型の仕上げを担当。08年に文部科学大臣表彰 創意工夫功労者賞、滋賀県「おうみの名工」を受賞。趣味は単車でのツーリングやプラモデル製作のほか、釣りや写真など。写真は雑誌に掲載されたこともあり「趣味でも仕事でも、一度なにかを始めるととことん極めてしまいますね」

妥協なき手磨き、技術のバトンは次世代へ

精密プレスメーカーとして知られる日伸工業の門を叩いたのは17歳のとき。入社理由は「たまたま家が近かったから」だというが、もともと手先が器用で余暇にはプラモデル製作に打ち込むなどモノづくりを仕事とするうえでの十分な素養もあった。入社当時は定時制高校と職業訓練校にも通っており、仕事と学業の二足の草鞋を履きながら旋盤や放電など様々な機械加工を習得。加工プロセス全体を把握したうえで、約25年前に精密プレス金型の仕上げ作業を行う現在の部署に配属された。

日伸工業にはHVの車載電池に使われる部品など、小型で複雑な形状の部品製作依頼が日常的に舞い込む。電池用の部品はわずかでもバリが残れば火災の要因となるため、バリを取り除くために後処理を行うのが一般的だ。対して同社はそもそもバリを生まない独自のプレス工法「ラウンドトリム」を開発。そして同工法に必要な高品質の金型こそ、定常さんをして「いちばん苦労しました」と言わしめる技術者泣かせの一品だ。

「工具で削ったばかりの金型はラウンド部分に微細な段差が生じたり、表面にミクロン単位のわずかな波うちがあったりします。それを研磨剤を使いながら竹や割りばしで磨き、最後の仕上げあたりで爪楊枝に持ち替えて追いこむイメージです。特にラウンドトリム金型は磨きひとつで製品の出来がガラッと変わるので苦労しましたね。形も複雑で、バリが出るポイントも一定ではなくて問題箇所をひとつ潰してもまた別の箇所にバリがうまれるなどいたちごっこだったんです」

定常さんはそうした問題箇所を顕微鏡で金型の表面を観察しながら手作りのツールでひとつずつ修正。求められる寸法公差はミクロン単位、面粗度はRa0.05クラスが多いが、実際にはRa0.02以下の要求より高品質な金型を製作しているという。ひとつの金型にかかる時間を訊ねると「半日から一日程度です」とさらりと答えるが、わずかでも力が狂えば金型が傷つく繊細な作業だけに驚きの集中力だ。金型のクオリティが高いとすべりが良くなり、金型寿命が延びるという副次的な効果もある。金型を長く使うためのコーティングも、表面が滑らかであればあるほど「乗り」が良い。地道で根気強い職人技はこうして同社に様々な恩恵をもたらしている。

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顕微鏡をのぞきながらの根気強い仕上げ作業において、大切なのは「あきらめないこと」と「気分転換」のバランスだという。「粘って粘ってあかんかったら気分転換。煮詰まったら環境を変えてみると思わぬ解決策が見えてきます」

■近江で受け継がれる名工の系譜

ところで日伸工業から現代の名工が生まれるのは今回がはじめてではない。16年には成形プレス工として同社の松田正道さんが名工に選出されており、松田さんが定常さんのいわゆる「師匠」にあたるのだという。

師匠の指導のもと今では社内でも突き抜けた存在となった定常さんだが、それだけに後継は誰にでも務まるものではないようだ。金型の手仕上げには手先の器用さはもとより、モノづくりへのこだわりや熱意など様々な素養が求められるため後継探しは長年難航。しかし最近ようやく後を任せられそうな人が見つかったようで「あとは弟子が一本立ちすれば会社でやり残したことはありません。教えることはすべて教えて、今はどこまでやれるかを見極めるために自力で泳いでもらっているところです。慣れると自分の判断が強くなるため油断は禁物ですが、もう少しすれば自分は隠居でもしようかと思っています」と笑顔で話してくれた。

「こうして思えば短かったですね」と仕事人生を振り返った定常さん。体感時間と実際に流れた年数におよそ10年の開きがあるというが、それだけ集中して仕事に打ち込んできたことの証でもあるのだろう。同社では様々な資格取得を奨励しており、若手の技術者も続々と育っている。ここから三人目の名工が生まれる日も遠くないかもしれない。


【愛用の道具】仕上ツール


定常さんは硬度やステージに応じて様々なツールを使い分けながら金型を磨く。マイクログラインダーのほか、竹や割りばし、爪楊枝や綿棒など意外なものが活躍するそうだ。爪楊枝などは軸に持ち手をつけたりと、繊細な作業で使いやすいようカスタマイズが施されている。

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(2023年1月25日号掲載)