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東京時計精密 浅岡 肇 さん

小さな盤面上で「設計の妙」追求

「トゥールビヨン(Tourbillon:仏語で「渦」の意)」とは、重力のかかる向きが絶えず変化する腕時計の姿勢差をなくし、精度を維持する機構である。その製作難易度・希少性から、一時はトゥールビヨンを搭載した時計は1000万円を超えるのが当たり前であった。それを日本人で初めて独学で制作・販売したのが浅岡肇さんだ。世界的に有名な独立時計師アカデミーの正会員35人(1月13日時点)のうちの一人でもある。

【プロフィール】
あさおか・はじめ 1965年神奈川県茅ヶ崎市生まれ。「これまで積み重ねてきたモノづくりの勘が今に生きている」と話すほど、幼いころからモノづくりに身を投じてきた。東京藝術大学在学時には工作機械を使って作品をつくり、卒業後、フリーのプロダクトデザイナーとなるが、傍らで工作機械をいじっていた。トゥールビヨンは、リーマンショックで減った仕事の暇を埋めるため、「仕事にしようなんか思わずにただ作り始めた」と話す。自宅に帰る間がないほど多忙で、趣味の海岸釣りには行けていない。

段取りと加工機にこだわり

「技術的な面だけでなく、設計にもコミットしている点が一般的にイメージされる名工や職人とは違う点かもしれない」。そして、1本の時計を設計から製造まで手がける時計作家として、「設計」の段階を一番大事にしていると浅岡さんは話す。

時間をかけこだわる設計とは何か。それは、機能的必然性と審美性が客観的に両立するところまで突き詰めることで、パーツすべてが動かしがたい均衡状態にある「設計の妙」を持った時計を生み出すとのこと。浅岡さんはその設計を「難しいパズルを解くようなもの」と例え、腕時計自体の「ものとして小さい」という制約こそが、「設計の妙を高度に至らせ、次の作品でまたチャレンジしたいという一つの原動力になっている」と、その面白さを語った。

そうした「設計の妙」の実現を支えるのが、製作プロセスや作業環境を含めた作業全体の最適化だ。浅岡さんは部品加工の際に工作機械を活用することでも有名だが、多いときには300点にもわたる極小部品を組み合わせるため非常に高い精度が求められる。そのため事前にできるだけすべての部品を加工できる治具を準備し、部品の精度のブレや製造時間を最小に抑える工夫を常に考えている。

独立時計師の多くが技術や時間の問題で他社の力をかりることが多いのに対し、浅岡さんはほとんどすべてを一人で手がけている。それは、外注したメーカーの技術に作品の幅が縛られ、設計時に構築した「妙」が崩れることを嫌うためである。あくまで自分の中の完成イメージに技法をあわせることを重視し、必要であればそのイメージにあった技法を新たに開発する。そのため「これ」と限定した技術や技法はないと言い、「一本の腕時計を作るプロセスの最適化に向け、常に究極の作業環境や製造技術を限られた時間で考え生み出し整えていくことが時計師として必要な技術なのかもしれない」と話す。

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■主体性あるモノづくりが必要

近年浅岡さんが力を入れるのが他のメーカーとのコラボレーション。それは、競争が激化した世界で闘う日本のモノづくりを危惧してのこと。あえて時計とあまり関係のないメーカーとコラボすることで、「町工場などであっても、視点を変えたモノづくりをすると、上手くいくポテンシャルが生まれるという実例を作りたかった」と話す。

特に、日本のお客様ファーストなモノづくりの概念は、製品の同質化や価格競争に陥りやすい。「メーカーなりの主観をもった、主体性のあるモノづくり」が大切で、浅岡さんは「マニアや愛好家では終わらない、時計を作る同業者に評価される」時計作りを心がけているという。それは「孤高の存在でいる」ためのブランディングであり、時にマニアには分からないくらいの時計を世に問うことで、互いに成長していくことを狙う。

今後の時計作りについて聞くと、「どうしても作りたい時計がある」と、今春スイスで発表する新作ではなく、すでに次の作品の構想を話してくれた。その時計は「時計作りのプロとマニアのどちらが見てもすごいとストレートに言ってもらえるようなインパクトのある面白い時計になるよ」と、まだ時計作りの情熱は尽きることがないようだ。


【愛用の道具】碌々産業・微細加工機「MEGA-SSS400」


「求めているものがそろっていて、余計なものがない、非常に独立時計師向きの工作機械」と浅岡さんは賞した。オートツールチェンジャー(ATC)を40本に拡張し、すべての部品を一連の加工で行えるようにした。振れチェックの際、他の機械では10μmほど振れてしまうのに対して、「この機械は毎回1μmぐらいを狙え、僕の期待にきちんと応えてくれる。作業のモチベーションが全然違う」と話す。ストレスなく作業できる設備を揃えるのも名工の技術の一つだ。

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(2023年1月25日号掲載)