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真潮流~32

摩擦の有効活用
-ボルト結合部の剛性・精度の向上を-

「摩擦」というと、貿易摩擦、自動車摩擦、最近ではハイテク摩擦などの国家間における摩擦や人間同士の摩擦など、あまり良いイメージは無い。

しかしながら摩擦には、一般社会生活の中では余り意識されていないものの、空気と同じで、無いと大変困るものもある。例えば、足や靴底と地面との間に摩擦が無い、つまり摩擦力が働かないと滑って歩けず、前に進めないことになる。車も、道路とタイヤの間に摩擦が無いと走ることができないし、止まることもできない。物を手で持ち上げようとしても、両者間に摩擦が無ければコップを幾ら強く握っても滑り落ちてしまう。瓶やペットボトルのキャップも、摩擦が無ければ滑って回せないことになる。逆に摩擦が無い方が良い場合もあり、襖戸、障子戸、雨戸などは開け閉めしやすくなることはご存知の通りである。

工作機械ではこの摩擦の有無が機械の性能に大きな影響を及ぼしており、これを適切に制御することが求められている。主軸受では、滑らかに回転するためには摩擦がない方が良い。案内では、正確に位置決めするために、ある程度の摩擦が必要とされ、多少の滑り摩擦を付与することを目的に、移動体を流体で完全に浮かせないようにして、浮上と滑りの効果をハイブリッド化することも行なわれている。さらには、結合面での減衰性を高めるために適度な摩擦が付与されるなど、多様な摩擦の制御が行なわれている。

また、工作機械には構造要素同士を固定結合するための固定形の結合部が多数存在しているが、この結合面における摩擦の影響についてはあまり意識されていないように思われる。例えば、コラムとベッドをボルトで結合するが、結合面の摩擦が無い、つまり摩擦力がゼロであれば、いくらボルトの締付力を高めても、結合面方向(剪断方向)に力が掛かれば容易にずれ変位が生じてしまう。逆に、結合面の摩擦係数を大きくして摩擦力を高めれば、剪断方向の滑り耐力(結合力)、つまり剪断方向の剛性を高めることができることになる。現状では、結合部の剛性を高めるためには、結合部構成要素の剛性を高める、ボルト本数を増やして締付力を高めることが主体となっている。結合精度を高めるために、結合面の研削加工やきさげ加工が行なわれているが、これにより摩擦係数は低下してしまっていることも認識しておく必要がある。

筆者は、ボルト結合部における結合面の摩擦の影響について、図のような効果があることを解析的に明らかにしている。図は2本のボルトで矩形の締結体を締め付けたときの締結体の変形状態を示しているが、摩擦係数が大きいほうがボルト締結による締結体変形が小さくなっている。このことは、摩擦係数を大きくして結合面の摩擦力を高めることができれば、ボルト締結による締結体の精度劣化を抑制できることを意味している。例えば、ベッドにボルト締結される転がり案内用のレールは、締結によりレールが変形し真直度精度が劣化するが、その精度劣化抑制にこの知見を生かすことができると言える。現状では、結合面の形状精度を高めて締結による精度低下を防ぐことに重点が置かれているが、より高い摩擦係数を結合面に付与できれば、ボルト結合部の剛性・精度が総合的に向上する可能性があるのだ。

以上のように、固定結合部の結合面での摩擦の有効活用を改めて検討する意義は大きいと言える。


【*1】清水伸二:ボルト締結部の変形と結合面圧力分布に関する研究、上智大学博士論文(1981)p123

日本工業大学工業技術博物館 館長 清水 伸二
1948年生まれ、埼玉県出身。上智大学大学院理工学研究科修士課程修了後、大隈鐵工所(現オークマ)に入社し、研削盤の設計部門に従事。1978年に上智大学博士課程に進み、1994年から同大学教授。工作機械の構造や結合部の設計技術の研究に従事し、2014年に定年退職し、名誉教授となる。同年、コンサル事務所MAMTECを立ち上げるとともに、2019年4月には日本工業大学工業技術博物館館長に就任した。趣味は写真撮影やカラオケなど。