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識者の目

製造業DX実現のカギ〜第30回

デジタル活用が生み出す付加価値

製造業における競争力の源泉は「ものづくり力」"だけ"にあるという前提が絶対ではなくなってきたと感じている。また、製造業の業態が従来のように「企画」「開発」「生産」「販売」と一体となっていない企業も増えてきており、方向性は様々だ。

著名な企業を大雑把に分類してみる。アップル、任天堂、キーエンスといった、企画・開発は行うが、実質的に自社工場を持たない「ファブレス」を実践する企業。フォックスコン、TSMC、マグナ・インターナショナルといった、「ファウンドリ」「EMS」などと呼ばれる他社製品の生産を請け負い、製造に特化した企業。また、ユニクロ、トヨタ、テスラといった全ての工程を基本的に自社(およびそのグループ)で完結する「垂直統合型」の企業。自社の強みと方向性を鑑みて、それぞれに合った方針が必要であり、「ものづくり力」を自社で抱えるか、外に依存するかはその戦略の中でかなりの比重を占めていると考えている。

また、生産方式によっても戦略は異なってくるであろう。顧客の需要を予測して生産する「大量生産」が向いているものから、顧客からオーダーを受けてから製品設計を行う必要があるものまで様々である。しかし、どの生産方式においても「顧客要求への対応」と「効率化」のバランスが課題となる。

例えば、私が主業としている「ロボットSIer」などは受注生産方式の中でも最もカスタム性が高い「システム設計生産方式(ETO)」に分類される。ETOの傾向としては突然の生産量増加への対応が難しいということが挙げられる。設計担当者、組立担当者などの人的リソースが限られてしまうばかりか、一品一葉に近いため、購入品や加工品もオーダーごとに異なるものを手配する必要がある。それぞれで納期も異なり、場合によっては受注した製品の希望納期よりも、ロボットやサーボモータ、ボールネジなどの納期が長いといった問題も頻発する。

計画生産と受注生産において、開発から出荷までのどのポイントで在庫を構えるか(=デカップリングポイント)は非常に重要となってくる。デカップリングポイントを、出荷に近い後ろの工程にするほど、生産量は上げやすくなり、納品のリードタイムも短くできる一方、在庫量は多くなり、顧客要求は受けにくくなる。逆に開発に近い前の工程にデカップリングポイントを持ってくると、今度は逆の状況が発生する。工場においての「スマート化」のポイントをどこに置くかが重要になってくるのだ。

■製造業をデジタルで豊かに

スマート化の方向性として、受注生産においてもできるだけ部品を共通化する、設計をモジュール化するなどの効率化を行いながら、受注後にいかに迅速に顧客のオーダーとオプションを追加して短期間で提供できるかが求められる。在庫販売の場合も顧客が欲しいタイミングに間に合うように生産開始からのリードタイムを短縮できるか、が競争力の源泉となってくる。これらの最適化には「スペック」「アセット」「スループット」の3つの考えが非常に重要になってくる。

切り口を変えて、「付加価値」「GDP」という視点で経済効果を見てみたい。実はGDPは「生産」や「支出」があって初めて反映される。デジタルで提供される、金額が明示されないサービスは実は「GDP」にカウントされないのだ。

しかし、実際デジタルで生活は豊かになっている。好きな映画を見るためには、従来DVDなどをレンタルする必要があったが、今は各種ストリーミングのサービスに取って代わられつつある。自宅にいる必要さえなくなり、スマートフォンで好きなタイミングで見ることさえできる。

南極にいる皇帝ペンギンを見たいと思ったら、写真集を買わずともWEBですぐに見ることができる。レストランや旅行先でも、ガイドブックにさえ載っていないところもネットの情報を頼りに訪ねることができる。グーグルマップなどに至っては無料にもかかわらず世界のあらゆる地域を好きな視点で見ることができるばかりか、「インドアマップ」という機能を使い、メトロポリタン美術館、スミソニアン博物館など世界の著名な施設の中をバーチャルで見学できたりもする。

従来は時間をかけて現地にいって、入場料を払うしか見学する方法が無かったが、今では自宅でスマートフォンがあれば実現できるのだ、しかも無料で。「消費者余剰」という考えからいくと、おそらく有料でも利用する人が多いと考えている。自分の体験・体感が、デジタルによって豊かになっているのだ。

製造業も「ものづくりの出荷額」ではなく、デジタルの力を活用し、DXを実現、それにより生み出される「付加価値額」で、全体戦略を見直す必要があると考えている。

(2023年2月25日号掲載)

チームクロスFA プロデュース統括 天野 眞也
あまの しんや=1969年東京生まれ。法政大学卒。1992年キーエンス入社。2年目には全社内で営業トップの成績を残した「伝説のセールスマン」。2010年にキーエンス退社、起業。FA/PA/R&D領域におけるコンサルティング を行うほか、現在はFAプロダクツ、日本サポートシステム、ロボコム等の代表取締役、ロボットSIerによるコンソーシアム『チームクロスFA』のプロデュース統括を歴任。趣味は車、バイク、ゴルフなど。