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Opinion

東京財団政策研究所 主席研究員 柯 隆 氏

人民元国際化の可能性、米中通貨覇権争いの行方

ロシアだけでなく、ブラジル、アルゼンチン、サウジアラビアなどの国々も中国との貿易でドルを使った決済を人民元に切り替えると発表した。そして、マレーシア政府も人民元決済の導入を検討していると明らかにしている。これはドル覇権に対する人民元の挑戦であると一部において受け止められているようだ。

1963年、中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年、同大卒業。94年、名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)。長銀総合研究所国際調査部研究員(98年まで)。98~2006年、富士通総研経済研究所主任研究員、06年より同主席研究員を経て、現職。静岡県立大学グローバル地域センター特任教授を兼職。著書に『中国「強国復権」の条件』(慶應義塾大学出版会、2018年、第13回樫山純三賞)、「ネオ・チャイナリスク研究」(慶応義塾大学出版会、2021年)などがある。ミツトヨやキヤノングローバル戦略研究所などのメンバーが参画する『グローバル・サプライチェーンと日本企業の国際戦略』プロジェクト研究会も主催する。

確かに、中国人民銀行(中央銀行)は人民元の国際化を推進している。2016年まで人民元の国際化は主に決済通貨としてのウェイトを高める努力をなされてきた。しかし、それだけでは、人民元の国際化には限界がある。現にクロスボーダー決済に占める人民元の割合は3%未満であり、ドルとユーロに遥かに及ばない。

2021年以降、人民銀行は準備通貨として人民元の国際化推進にも力を入れている。それと同時に、デジタル人民元の実験も世界主要国のなかで率先して行っている。短期的にはデジタル人民元は海外での流通について考えにくいが、将来的に東アジア諸国での流通が十分に考えられ、人民元国際化を推進する相乗効果が期待されている。

では、なぜ中南米の国々は中国との貿易について人民元決済を導入しようとしているのだろうか。そもそも中南米の国々はdollarization(ドル化)を受け入れ、メリットを享受してきたが、債務リスクにも晒されてきた。かねてから中南米の国々はドルへの過度の依存からの脱却を模索していた。そのなかで、人民元が台頭してきたから人民元決済を導入しようとしているというよりも、中国との貿易に限定して人民元決済を導入しようと考えている。要するに、人民元がドルに取って代わるものではなく、ドルとユーロを補完する通貨として受け入れられていると理解すべきであろう。

一方、なぜマレーシアは人民元決済の導入を検討しているのだろうか。これを解明するには、1997年に起きたアジア通貨危機に遡る必要がある。1997年、ヘッジファンドによるドル資金の引き上げでタイのバーツは暴落した。それをきっかけにアジア諸国は外貨不足に陥ってしまった。当時、日本円でさえ、一時1ドル=147円まで急落してしまった。アジア通貨危機の教訓の一つは通貨についてドルへの過度な依存、貿易についてアメリカ市場への過度な依存から脱却すべきであるといわれている。

二度と通貨危機に見舞われないように、その後、日本はリーダーシップをとってアジア諸国の間でチェンマイ・イニシアティブ(通貨スワップ協定)が結ばれた。この協定はいってみれば、通貨危機の津波を防ぐ防波堤のようなものである。しかし、アジア諸国の貿易をみると、依然としてドル決済に依存している。マレーシアは人民元決済を導入すれば、新たな可能性が出てくる。それでも、国際貿易全般について人民元決済を導入することを意味するものではない。

■十分に開放されない中国金融市場

そもそも通貨の国際化とは何を意味するものだろうか。

上ですでに述べているが、一つは決済通貨としての機能、もう一つは準備通貨としての機能の国際化である。一国の通貨が国際化するには、国際金融取引において十分に信用を得られなければならない。遠い将来まで見通せば、人民元が国際化する可能性はあるが、短期的にその可能性が極端に低いといわざるを得ない。なぜならば、中国の金融市場(資本市場)は十分に開放されていないからである。人民元の国際化を妨げているのは国内金融制度改革の遅れである。当面は一部の国が中国との貿易で人民元決済を導入しようとしているが、それはドル覇権に対する挑戦にはならない。人民元はあくまでも既存の国際通貨体制のなかでドルとユーロを補完する役割を果たすものになる。

2023515日号掲載)