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けんかっ早いけど人が好き Vol.44

推しのTシャツ

コロナになってからずっと活動を停止していた推しのロックバンドが、全国ツアーを行うことになった。この三年。もうライブに行く日は訪れないかもしれないという不安のなか、黙々とウォーキングを続けた自分をほめてやりたい。なんたって推しのライブは二時間以上、ジャンプしながら手をふり拳を突き上げ要所要所でヘドバンをするという荒々しいもの。若い人にはどうってことないのだろうが、お姉さん(おばさんではない)には、決死の覚悟と地道な体力づくりが必要なのである。

羽田空港で機体を見ると、わくわくが止まらない。

この度、競争倍率がとんでもなく高いチケット争奪戦に勝ち抜き、四公演をゲットした。うち一か所は福岡である。「東京の人が福岡まで来るな」と地元のファンに叱られそうだが、ごめん若者。お姉さんは老い先短く時間がないのよ。その代わり財力はある。ここで行かなきゃ次は本気でないかもしれないのだ。まさに命をかけた一球入魂なのである。かくして私は福岡行きの航空券の手配をした。

ライブ当日の朝、胸を高鳴らせながら羽田空港に向かう。保安検査場でダウンジャケットを脱ぎ、スマホとペットボトルをカゴに入れてわたし、金属探知機のゲートをくぐろうとしたとき、係員の女性に呼び止められた。Tシャツの上にはおっているスポーツジャージも脱げと言うのだ。コロナでしばらく来ないあいだに空港の保安検査はかなり厳しくなっていたようだ。ジャージを脱いでわたすと係員の女性が驚いたように私を二度見する。ゲートをくぐると、その先にいる係員も私のことをじっと見る。ついでに、私のうしろからきた乗客の男性も私の背中に視線を浴びせているではないか。なんだ?

搭乗ゲートに着いたときにはっと気づいた。そう、私は飛行機が遅れて着替える時間のないまま会場入りする事態を想定し、推しのバンドTシャツを着ていたのである。しかも、でっかでかと派手に名前の入ったやつ。

あれは、いい歳をしたお姉さん(あくまでもおばさんではない)がなにをしているのだという視線だったのか。ええい、かまうものか。好きなものは好きなのだ。そうして行ったライブは二時間半ジャンプし続け最高だった。これでまた生きていける。推し、ありがとう。

2023310日号掲載)

岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)
神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。内閣府戦略的イノベーションプログラム自動運転推進委員会構成員