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けんかっ早いけど人が好き Vol.47

桜とアーモンド

今年の3月は記録的な暖かさで、桜の開花が早かった。青森県では毎年、ゴールデンウィークに満開を迎え、弘前城の桜を見に多くの人が集まるというが、今年の満開は早くなりそうだ。旅行を計画したり、受け入れ準備をしている地元の方にとって、いい結果になるといいのだけれど。

こちらは日本の桜。今年もきれいに咲きました。

桜といえば、私にはひとつちょっと恥ずかしく優しい思い出がある。この仕事を始めた二十代のころ、欧州メーカーの新型車試乗会でスペインに向かったときのことだ。参加者は著名なジャーナリストや編集者ばかりで、その中には自動車ジャーナリストの大御所、故・徳大寺有恒さんもいらっしゃった。「間違いだらけのクルマ選び」で一世を風靡した、葉巻の似合うあの徳ちゃんである。私はといえば駆け出しゆえに、粗相のないようこそこそと参加し、試乗車をぶつけてはならぬと慣れない右側通行に緊張しながら運転していたのを覚えている。試乗コースは、ほどよい高速道路やワインディングが設定され、ところどころに休憩できるカフェスポットが設けられていた。ひと息入れつつまわりの景色を見渡すと、遠くの丘の上に満開の桜の木がいくつも並んでいるではないか。スペインにも桜があると一人大喜びし、帰国後に記事を書くときは、この風景もあわせて紹介しようと企てた。

試乗後にバスでホテルに戻るとき、私は近くにいた徳大寺さんと話すきっかけを作りたくて「桜、きれいでしたね」と声をかけてみた。すると、徳大寺さんは言ったのだ。

「あれはアーモンドの花だよ?

 へ? 

「もしかして原稿に書こうとしてたでしょ。危なかったなあ。わっはっは!」 

徳大寺さんの大きな笑い声は、静かだったバス内に響き渡り、会話を聞いていたほかの参加者も、あははと笑っている。だけど、そのときの温かな笑い声を聞いて、これは徳大寺さんが、この場になじめずにいた私のためにわざと言ってなごませてくれたのだとわかった。徳大寺さんは身に着けるものはもちろん、行動もとても洒落ていたのだ。

桜の花を見ると、いつもそのときのことを思い出す。そして私はいまだに、桜とアーモンドの花違いを見分けられずにいる。

2023425日号掲載)

岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)
神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。国際交通安全学会会員。最新刊に『法律がわかる! 桃太郎こども裁判』(講談社)