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地球に優しいクリーン技術

持続可能な製造現場を創る

ドレン処理におけるニッチトップメーカー、フクハラ。近年では窒素ガス発生装置や除菌フィルター、高性能オイルミスト吸着捕捉装置、さらには水素利活用システムの提案まで幅広いソリューションを提供している。半世紀に渡り製造現場における環境問題と向き合ってきた同社・福原廣社長に、これまでの足跡とこれからのモノづくりについて伺った。

フクハラ 福原 廣 社長

日本の製造業を牽引してきた京浜工業地帯に生まれ、自動車の設計・開発に携わる父の背を見て育った福原廣社長。幼少期からモノづくりが身近にある環境の中、進学先の法政大学工学部において、のちの人生を左右する出会いがあった。

小金井市の法大キャンパスに乗り入れた一台のメルセデス。そのステアリングを握っていたのは、福原青年に流体力学を教える教授だった。

「その教授は大学で教鞭を執る傍ら、自分で会社経営もされていました。その教授が常々『特許は取ったほうが良い』『会社を作ったほうが良い』と仰っていた姿と、格好良かったベンツの印象が強烈に残っています」

大学卒業後は、自動車製造ライン等で使われる塗装用機械の製造・販売会社を経て、メカニカルシールメーカーに転職。ここでの経験がのちのモノづくりに活きた。

「設計から組み立て、機械・化学的な部分まで製品製造における上流から下流までを勉強させてもらいました。その中で、メカニカルシールからの液漏れを検知する機器『リークアラーム』を思いつき、社長に開発を進言したところ『そういうのは自分で会社を作ってやってくれ』と言われてしまいました」

これを機に、かねてより研究していた電磁式ドレントラップの特許取得と同時に勤務先を辞め、1971年に福原製作所(現フクハラ)を立ち上げた。弱冠29歳にして、大学時代の恩師の教えを実践した瞬間でもあった。

起業当時は潤沢な資金があるわけでもなく、ファブレスメーカーとして出発。福原社長自ら製品をボストンバッグに入れて売り歩く日々だった。

「職業別電話帳を見て連絡したり、コンプレッサ関連の看板を見て飛び込み営業をしていましたが、なかなか厳しかったです。当時は毎日残業、土日も休み無しで働いていました」

こうした苦労の甲斐あって、初年度から数千万円を売り上げ、翌年には事務所と工場を立ち上げる。当時、高度経済成長期の負の遺産、公害が深刻な社会問題としてクローズアップされており、製造業においても環境意識が高まっていたことも追い風となった。

■水素利活用に新たな提案

同社の優れたドレン排出技術は、マスコミも放っておかなかった。全国紙からの取材をきっかけに、コンプレッサメーカーが同社製品をこぞって導入。機械商社や問屋からも続々と引き合いを受けるようになった。特に東京都墨田区にあった中村コンプレッサーの当時の社長には懇意にしてもらったという。

「中村コンプレッサーさんの製品と当社製品との親和性が非常に高く、数多く導入していただきました。いまでもかなりの台数を納入させていただいています。また、大手コンプレッサメーカーの代理店も社長から紹介していただきました」

その後は機械工具商社などコンプレッサや空圧機器に関わる企業との協業や、多くの大手メーカーにOEM供給も行っている。

福原社長がこれまで取得した特許は150件以上に上る。だが常識を覆す画期的な発想は、現在も泉のように沸き続けている。そのひとつが、次世代のクリーンエネルギーとして注目される水素の利活用提案だ。

現状、水素普及における最大のカギはコストをどう引き下げるか。この課題に対し、同社では「水素燃料デュアル発電機」を開発。これは水素で発電を行うと同時に、高濃度の窒素ガスを生成することで採算ベースに乗せるものだ。

FCVへの水素供給と一般家庭への売電の二刀流が可能な『スーパー水素ステーション』も現在提案中です。実現すれば、水素活用とFCVの普及促進、水素ステーションの黒字化にも繋がります。創業以来、製造現場における環境負荷低減を目指してまいりましたが、今後はより広く社会でお役に立てるソリューション提供にも積極的に取り組んでいきます」 


プロフィール

ふくはら ひろし

1942年神奈川県横浜市生。法政大学工学部卒。1971年福原製作所(現フクハラ)設立、代表取締役に就任。高度なドレン処理技術が認められ2001年黄綬褒章、2012年旭日双光章受章。他にも科学術庁長官賞、中小企業庁長官奨励賞など数々の受賞歴を持つ。「60代から始めた」という趣味のゴルフは昨年、エージシュートを達成するほどの腕前。