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識者の目

真潮流~25

各種情報を、使える知識に変える
−知識化しやすい情報提供も必要−

ある日、タクシに乗って、行き先を伝えると、運転手が、希望のルートがあるかと聞いてきた。

余り道に詳しくないので、「特にないので、お任せします」というと、「了解しました。それでは」と、予定のルートを伝えられたので、「今は、ナビがあるので便利ですね」と返すと、「私は、ナビは参考にしかしていませんよ。ナビは、そのソフトを開発した人の判断基準で案内しているので、最適なルートとは限りませんから」との返答があった。先ずは、お客の好みのルート、急ぎ具合を聞き、道路の混み具合なども判断しながら、お客にルートを提案するとのことだ。特にナビの渋滞情報には遅れがあるので、その都度、色々と判断する必要があるとのことだ。

更に、この時、運転手が興味深い話をしてくれた。「ナビなどの情報は、単なる情報で知識ではないと思います。それらがどの程度頭に入っていて、どの程度自分が使える知識になっているかが大事ですよ」情報だけでは、顧客が満足するようなサービスはできないというのだ。とても説得力のある話である。

我々は、多くの便利なデジタル情報機器を使って、豊かな生活をしているが、それらを自分独自の道具として、より有効に使っているだろうか。ナビ一つにしても、その案内のままに行動するようになり、新たな道を覚える、新たなルートを発見するツールとして使っているだろうか。私の場合は、ナビのお陰?で、地図も見なくなり、殆ど道を覚えなくなった。また、新たなルートを発見しようなどと考えることも無くなってしまった。

我々のものづくり現場でも、高度なCNC工作機械や周辺機器が導入され、各種自動化機能が搭載され、そこには多くの情報が提供されているが、それらを有効活用できているであろうか。

例えば、加工プログラム作成の自動化が進み、素材形状と最終形状を入力すれば、最適なツールパス(情報)を自動的に発生してくれる機能がある。このため、加工工程を余り意識しなくなり、独自のより良いツールパスを考えることも無くなっているのではと思われる。また、最適加工条件の自動決定プログラムなども登場しているが、最適加工条件は、工作物材料、工具の材種、刃先形状、加工油、使う工作機械など、多くの因子に影響される。したがって、これらソフトが提案する加工条件が最適なものになっているかについては大変疑問である。したがって、これらから得られる情報を参考にして、独自のより良い加工条件を、最短時間で決定するための支援ツールとして、これらのソフトウエアを活用すべきと思う。

熱変位補正機能も一般的になってきている。これまで、熱変位による加工精度の不安定さのために苦労してきた人間にとっては、とても有り難い機能かと思う。しかしながら、最初から、その機能が付いており、自動的に補正が行なわれていると、そのご利益も、熱変位が生じていることも意識しないで加工を行なうことになる。使う方の姿勢も問題であるが、このような機能を提供する工作機械メーカとしては、ユーザがその機能を無意識に使うだけではなく、ユーザに多くの気付きを与えてくれる情報として提供すべきと思われる。例えば、どの様な状況下で熱変位補正が行なわれているのかなどの情報を補正量と共に提供したらどうであろうか。これにより、ユーザは、どの様な加工条件であると補正が必要になっているのかなどが理解でき、設定した加工条件の適否を考える切っ掛けなどを与えることになる。

ブラックボックス的な情報提供は好ましくない。今後は、知識化しやすい情報の提供がますます求められるものと思われる。

日本工業大学工業技術博物館 館長 清水 伸二
1948年生まれ、埼玉県出身。上智大学大学院理工学研究科修士課程修了後、大隈鐵工所(現オークマ)に入社し、研削盤の設計部門に従事。1978年に上智大学博士課程に進み、1994年から同大学教授。工作機械の構造や結合部の設計技術の研究に従事し、2014年に定年退職し、名誉教授となる。同年、コンサル事務所MAMTECを立ち上げるとともに、2019年4月には日本工業大学工業技術博物館館長に就任した。趣味は写真撮影やカラオケなど。