日本物流新聞生産財と消費財の業界専門紙として半世紀を超す実績。
日本物流新聞社のWEBサイトでは、
ものづくりを支える工作機械、工具、ロボット、産業機器等の情報から、
ハウジングはじめ住まい・暮らしの様々なニュースをお届けしています。

検索

識者の目

製造業DX実現のカギ~第32回

日本製造業の勝ち筋を探る

必要性は認識しながらも、実際にはDX実現はおろか、本格的な取り組みさえもこれからという企業は多いのではないだろうか。

なぜだろう。批判を恐れずに言うと、これは経営者の危機感の欠如にあると考えている。日本のみならず多くの経営者は、今まで良い時も悪い時もあったであろうが、程度の差こそあれ、現状企業運営はうまくできており、これからもそうであろうと信じている(信じたいと思っている)。

しかし、ケイレツがくずれ、以前にも増して国際間競争は激しくなっている。異業種の参入も増えるであろう。EVなど新しい技術は、業界を根底から覆す可能性を秘めている。自動運転関連の機器は進化が早く、3年後は同じセンサは使われていないと思われるぐらい世代交代のサイクルが早い。それでも5年は安泰と思っている(思っていたい)経営者が実際存在する。

それゆえ、投資は現状維持をするために費やされ、新しい試みにはなかなか割かれない。保守的ではなく、革新的な方向にマインドセットを変えていく必要があるのである。

不確実性が高い世の中で安泰ということはあり得ない。新型コロナウイルス感染症の影響では、超大手の航空会社や紳士服メーカーが苦境に陥った。リモートワークの急激な浸透でIT企業を中心にオフィスの縮小傾向が加速し、安定的なビジネスと言われていた賃貸オフィスを中心とする不動産にも陰りが見られている。

一方で小売り、通信、運輸は好調であるが、これも先は見えない。先が見えないから何もしないのではなく、このままではまずいという危機感が必要なのだ。

人は選択肢が多くなると行動を抑制するという傾向があり、もしかするとこれも経営者がDXに踏み出すことを躊躇させる一因となっている可能性もある。経営者の方は危機感を持ち、消極的な投資ではなく、戦略的な投資に注目し、長期的な視点を持ちながらマインドセットを変えていく必要がある。

また、当たり前の話ではあるが、マインドセットがうまく変更できたとしても、単純に新分野に投資すれば良いという話でもない。戦略がなければ戦術は立てられないし、自社の分析ができていないと、目指す目標も立てられない。自社にあったグランドデザインの策定が重要なのだ。

そのグランドデザインを含む「プランニング」、そのプランを検証する「シミュレーション」、そしてそれを実現する生産ラインシステムを構築する「リアルファクトリー」この3つができて初めて製造業DXを実現のための基礎ができあがる。

ただし、製造業DX実現には順番があるわけではない、まっさらな新工場建設であれば、プランニングを実施し、グランドデザインを策定した後でシミュレーションを実施、リアルファクトリー構築に進むのが王道ではあるが、既存工場がある場合であれば、シミュレーションモデルを作り、分析した結果を基にプランニングを行い、リアルファクトリーに反映させるのも良い。最も課題となるところ、着手しやすいところから広げていけばよい。

■景況に左右されないモノづくり

製造業の勝ち筋は、「スペック」を最適化、「アセット」を最小化、「スループット」を最大化することにある。これだけで、景気が良くても悪くても市場で勝ち抜くことができる。

まずはスペックとアセットについて考える。製造業は「原価に対して、付加価値をつけて売っている」という発想を変えないといけない。この考えが残っているために、どんどんアセット(設備)を更新し、スペックを無根拠に広げてしまうというスパイラルに陥ってしまう。

既にスペックはハードではなく、ソフトで制御する時代となりつつある。実際、テスラの「モデルS」は、上位モデルとハードウェアが同じ入門モデルを販売している。ソフトで電池を制御し、本来の性能よりも走行可能距離を短くしている。購入後であっても追加料金を支払うとソフトがダウンロードされ、走行距離を2割ほど延ばすことができる。生産側の視点から考えると、設備は全く同じもので、上位モデルも入門モデルも両方製造できるということになる。アセットはミニマムにして、デジタルでスペックをコントロールしている典型的な事例と言える。

スループットについても見てみよう。これは間違いなく最大化すべきだ。これは、工場に置き換えた場合、単純に生産量を最大にするという意味ではない。アウトプットが同じであれば、少ない設備や少ない材料でつくったほうがスループットは大きい。

このような工場は不況時に低い原価でものづくりができるため、最後まで生き残る。逆に好況時にも、最低の材料やアセットでたくさん製品を製造できるため、特定の製品が売れて原材料が手に入りにくい時にも対応がしやすい不況であろうと好況であろうと、スループットが最大ということは、最も儲かって、社会情勢が変化した際に生き残る最強の手段ともなりうる。

2023325日号掲載)

チームクロスFA プロデュース統括 天野 眞也
あまの しんや=1969年東京生まれ。法政大学卒。1992年キーエンス入社。2年目には全社内で営業トップの成績を残した「伝説のセールスマン」。2010年にキーエンス退社、起業。FA/PA/R&D領域におけるコンサルティング を行うほか、現在はFAプロダクツ、日本サポートシステム、ロボコム等の代表取締役、ロボットSIerによるコンソーシアム『チームクロスFA』のプロデュース統括を歴任。趣味は車、バイク、ゴルフなど。