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AIで変わるモノづくり【前編】

「史上最速」で普及する生成AI

Microsoft BingのAIによる画像生成機能「Image Creator」(DALL・E提供)を使い、「AI」「モノづくり」「Generative Design」「AI戦略会議」などのプロンプトで生成した画像

質問を投げかけると自然な文章で返事をしてくれる生成AI(対話型の人工知能)が世界的に注目を集めている。これを使えば私たちの暮らしは大きく変わる可能性がある。もちろん製造業にとっても有効な技術となるだろう。もとよりAIは近年、ディープラーニング(深層学習)で話題となり、加工機や産業用ロボット、制御ソフトに相次いで採り入れられてきた。AI利用は日本が遅れをとるDX(デジタル変革)の後押しにつながると期待されている。


202211月の発表からわずか2カ月で月間アクティブユーザー数が1億を超え、注目を集める対話型AIサービス「ChatGPT」(米新興企業のオープンAIが開発、18歳以上〈保護者の同意があれば13歳以上〉なら誰でもサイトに登録して無料で使える)。「史上最速で普及したアプリ」と言われるようになった理由は返答精度の高さだろう。シンクタンクのなかには「後継モデルでは、専門分野やアカデミックのベンチマークで人間を上回る性能を示した」と高く評価するところもある(日本総合研究所の先端技術ラボが519日にまとめたレポート)。

日本総研が発表したレポートによるとリスクや課題が存在するものの、ChatGPTが爆発的に広がった背景として、(1)自然な対話が可能なインターフェース(2)多言語対応(3)マルチモーダルAI(様々な種類の情報を利用して高度な判断を行うAI)の進展、の3点が考えられるという。用途としては文章の添削や校正、要約、アイデアの提案、ハイライト抽出といった業務の効率化、精度向上が期待されている。

こうした有用性から、中小企業の実に3分の1が生成AIの活用に動いているという(東京商工会議所が5月に調査。東京23区内の2800社あまりを対象に実施し、約1100社から回答を得た)。生成AIの業務での利用を聞いたところ、「活用している」(5.7%)、「今後活用を検討している」(29.6%)と前向きに考える企業が35.3%を占めた。想定する用途としては文章作成、情報収集、アイデア出しなどが多く、車両運行の効率的なルート作成やデータの下処理といったものもあった。

生成AIの利用が多い分野は今のところITや教育だが、製造業もそれに次いで多いようだ。野村総合研究所が全国の20~69歳のビジネスパーソンを対象に5月に実施したインターネットアンケートによると、製造業は「業務で使用中」「トライアル中」「使用を検討中」を合わせて20.2%を占め、IT・通信(34.2%)、教育・学習支援(25.8%)に次いで3番目に利用率が高い(「AIの導入に関するアンケート調査」、有効回答2421人)。

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■利用例が続々

「経験と勘」がAIに置き換えられようとしている。うどんチェーン「丸亀製麺」を展開するトリドールホールディングスは、うどんや天ぷらの販売数を予測するAI(富士通が開発)を、国内の全823店舗に順次導入している。これまで店長らが売上目標や販売実績を見ながら毎日、発注量を決めてきたが、その手間をなくし精度を高める。

LIXILAIを使った建材需要予測の試験運用を始めたことを4月に発表した。対象とするのはサッシ・ドアやエクステリアなどの建材事業を展開するLIXIL Housing Technologyの約120万機種におよぶ製品。AI活用の背景には調達から製造、販売までの各プロセスにおける状況を把握し、在庫管理や業務運営の効率化などサプライチェーン全体を最適化する狙いがある。

THKは製造業向けIoTサービス「OMNIedge(オムニエッジ)」にAI診断サービス(ADV)の提供を3月に始めた。保守保全にかかわるモーター、ポンプ、ファンなどの回転部品の状態が閾値を設定することなくヘルススコアからわかるという。ADVは振動・温度のデータからヘルススコアを算出して回転部品の状態を判断する。

AIの適用範囲はこれらにとどまらず、法律相談や脚本づくり、新薬開発、医療機器開発……とどんどん広がり、生成AIの活用を急ごうと社内横断組織や指針を策定する大手電機メーカーは多い。

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AIの用途として有望視されるものにデザインもある。建築業界で広がっているのが「Generative Design」(Autodesk社が4年前にリリース)だ。コンピュータによってデザインを自動生成するもので、高いパフォーマンスの設計案を複数、素早く生み出せる。ロボット・航空宇宙・自動車・金型分野などでも利用されているという。

オートデスクのトロントオフィスはGenerative Designによる最初の大規模建築事例となった。条件を満たすオフィス内のレイアウト案をいくつも生成し、さらに条件を加えて案を絞り込んでいったという。

Generative Designのメリットはいくつもあり、「とりわけカスタマイズ設計を行った場合に設計変更しやすい」(オートデスクに昨年までの6年間、積層造形プロダクトスペシャリストとして活躍したピーター・ロジャース氏〈LAYERED合同会社CEO〉)こともその1つ。興味深いのは建築物のパーツ重量を減らす一方、剛性は逆に高めるといったことも可能で、3Dプリンターで複雑形状をつくる際に有効という。

Generative Designをリリース当初から使い、プロダクトデザインのノウハウを国内外に発信する日南の猿渡義市デザイン本部長は「人間の思考は自分が経験したことや考えていることを飛び越えるのは難しいが、AIは簡単にその枠を飛び越えてしまう」と語る。

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ジェネレーティブデザインが活用された建築物(昨年11月、国際工作機械技術者会議で基調講演をしたピーター・ロジャース氏の発表から)

「即座に大量に生成できるので、仕事終わりに大量に画像生成をさせて、翌朝、生成された画像を確認。その中から抽出した画像を教師データにしてさらに方向性を追い込むといった、人間のデザイナーにはできない非常に効率的なワークフローを組むことができる」

AIを使えば手軽に画像を生成することもでき、本記事冒頭の写真は画像生成AIを使って生み出したものだ。

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Generative Designによる最初の大規模事例となったAutodesk社のトロントオフィス(同社ウェブサイトから)

■「諸刃の剣」か

AIは利便性が高い一方、ディープフェイクの生成に使われることがある。5月、米国防総省近くで大規模な爆発が起こったような偽の画像がSNSで拡散。地元消防当局が爆発を否定する声明を発表したが、ニューヨーク株式市場はダウ工業株30種平均が一時80㌦近く急落した。

生成AIは諸刃の剣と言えそうだ。ChatGPTを開発した米オープンAIのサム・アルトマンCEO6月に来日した際、最新AI技術について「恩恵が大きくなるにつれ、リスクも同等に大きくなる」と指摘。「戦争の道具として使われる可能性もある」とも話し、長期的なリスクとしては、権威主義国家などによる悪用を挙げた。

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AIに関する政策の方向性を議論する政府の「AI戦略会議」(座長=松尾豊・東京大学大学院教授)は、政府への提言を盛り込んだ論点を5月にまとめている。同会議は生成AIの開発などを進めるためにも、「懸念やリスクへの適切な対処を行うべきだ」とし、「ガードレール」の設置が必要だと明記した。

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情報セキュリティに詳しいNRIセキュアテクノロジーズの山口雅史コンサルティング事業統括本部長は生成AIの流行はあまりにも急速であり、セキュリティの考慮は完全に後追いとなっていると指摘し、こう続ける。

「リスクの大筋の傾向としては『フィッシング』や『ソーシャルエンジニアリング』に近い。技術的にリスク撲滅が難しく、攻撃と防御のいたちごっこが生じやすい」

リスクがあるとはいえ日本は今すぐにでもAIを使いこなす必要がある。デジタル分野で遅れをとり、労働生産性は先進国のなかでけっして高いとは言えないからだ。

(一社)人工知能学会の栗原聡副会長(慶應義塾大学理工学部教授)は「日本がAIを使えるようになると、日本全体としてモノづくりのサイクルが早くなる。それはよりいいモノをたくさんつくれることになる」と期待を寄せる。しかし一方で、「ただでさえITDXで遅れているのにAIでもとなれば日本は沈没するのではないかと心配している」と話す。

ロボット大国・日本に希望の光が見えなくもない。サム・アルトマンCEO4月、6月と続けて日本を訪問した。ChatGPT公開後初の外国訪問先に日本を選んだ理由について、「人間と機械が一緒に作業をする分野で常に最前線にあった国だ」と答えている。

■ジョブズを召喚、それともエジソン?

生成AIを使い始めるべきかどうか。迷っている人は多いのではないだろうか。AIを活用してデータ分析ソフトを開発する米Basis Technologyのチーフサイエンティストのシムソン・ガーフィンケル氏は「このテクノロジーをまずは使い始めること。待てば待つほど追いつくのが難しくなる」と勧める(日本経済新聞社が6月に開いたハイブリッドセミナー「世界デジタルサミット2023」の講演で)。

ChatGPTだけでなくGoogle BardMicrosoft Bingもトライしてほしい。知識の生成だけでなく分析もさせるようにしてほしい。企業のユースケースとしては、ニュースをその企業向けにサマリーをつくる。競争上の脅威を検出する。新しい投資機会を見つける、といったことができる」

生成AIに回答を求める際に「〇〇(人物)になったつもりで教えて」などと条件を加えることも有効だと、ローンディール(東京都港区、人材が元の組織に在籍しながら他社で働く仕組み「レンタル移籍」を提供)の細野真悟最高戦略責任者は指摘する(ユーザベースが6月に開いたWebセミナー「SPEEDAと最先端AI技術で何ができるの?」で)。

「いつもは天才的なソリューションを思いついてほしいのでスティーブ・ジョブズを召喚するが、ニーズよりもシーズに重点を置きたいときはエジソンを召喚する。やってみるとわかるが誰を呼び出すかによって微妙に回答が変わる」

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【左】ローンディール最高戦略責任者の細野真悟氏、【右】米Basis Technologyチーフサイエンティストのシムソン・ガーフィンケル氏

新ビジネスを立ち上げるため、シーズを洗い出すのにAIが役立ちそうだ。細野氏は「経験豊富な人は自分で判断してターゲットの当たりをつけられるが、そうでない人はAIが当たりをつけるのに役に立つ。ニーズはヒットしか生まないが、シーズからはホームランが生まれる」と話す。

【AIで変わるモノづくり(後編)】

(2023年9月10日号掲載)