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電動化で歯車はどう変わる?

タフで静かな新たな歯車へ

100年に一度と言われる変革期の最中にある自動車産業。EVシフトが内燃機関に与える影響が盛んに取沙汰されているが、一方で自動車の内部に使われている無数の歯車も電動化の影響を強く受ける。高強度化、静音化、高効率化…。電動化時代の歯車に求められる様々な要素を、日産自動車・塩飽紀之氏の講演から紹介する。


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日産自動車・パワートレイン生産技術開発本部 パワートレイン技術企画部 パワートレイン技術統括グループ エキスパートリーダー(PT新商品工法開発)の塩飽紀之氏。1月24日に開かれた(一社)日本金型工業会西部支部の新年懇親会 特別講演会にて

昨年10月に開かれたJIMTOF2022。歯車加工機メーカーの多くが注力したのは、電動車を強く意識したギヤノイズの低減ソリューションだった。

歯車は何も手を打たなければ必ず音を出す。しかしEVは内燃機関車と比べ走行音が静かで、そのぶん内燃機関車では気にならなかった騒音が目立つようになるためギヤノイズの抑制が必要になる。さらに2024年には「フェーズ3」と呼ばれる非常に厳しい騒音規制の施行が控えており、歯車も含めたクルマ全体に静粛性が求められようになる。

このフェーズ3とはどういうものなのか。日産自動車・パワートレイン生産技術開発本部パワートレイン技術企画部パワートレイン技術統括グループの塩飽紀之エキスパートリーダーは「現行の電気自動車でも、何も手を打たなければタイヤやドアミラーの風切り音で基準をクリアできないレベル」と説明する。フェーズ3では自動車が発するあらゆる騒音を時速50㌔走行時に68~72dBに抑えることが求められる。この新たな規制は新型車で24年から、継続生産車で26年からの適用が予定されており、タイヤメーカーなどがこれに向けた技術開発を急ピッチで進めている。歯車においてもいっそうの静音化とそのための高精度化が求められることになる。

電動化による歯車への新たな要求事項は静音性だけではない。塩飽氏によれば他のコンポーネントと足並みを揃えた小型化が必要とされる一方で、高いトルクと高速回転に耐えうるタフさも求められるのだという。

例えば内燃機関車ではエンジンの回転数が上がるにつれてトルクも上昇するため、デフの歯面が高トルクで叩かれるのはエンジンの回転数が上がった状態に限られる。しかしモータ駆動では車が動く瞬間から高トルクで歯面が叩かれるため、「ピッチング」と呼ばれる歯面の剥離が起こりやすくなり対策が急務だ。歯面が荒れると一時的には騒音の発生という問題が起こるが、最終的には歯車の破損にもつながるという。塩飽氏も「従来なら高出力のエンジンを積んだ大型車で起こる現象が、何も手を打たなければ普通の小型車でも発生する。対策のために歯の面積を広げると大きさと重量が増すため、歯車の高面圧化が今後さらに求められる」と問題視する。

また内燃機関車はアクセルを戻すとコースト側(ドライブ側の反対)の歯車が空転するが、電動車では減速時にもコースト側・ドライブ側の双方に高トルクがかかる。これは電動車が減速時の運動エネルギーで発電する回生ブレーキ機構を採用しているためだが、「この現象を歯車屋は『往復ビンタ』と呼んでいます」と塩飽氏は言う。「従来はドライブ側をケアしておけばよかったものをコースト側も高トルクにさらされる頻度が高くなるわけで、往復ビンタによる歯車の破損を防ぐために浸炭歯車のさらなる高強度化手法が求められます。すでにやり尽くしたと思われがちな表面改質にも、さらなる進化が求められているわけです」

■歯車には進化の余地が

こうした耐久性に加えてキーワードとなるのが高効率化だ。等速機や減速機では摩擦抵抗によるエネルギー損失が発生するが、摩擦抵抗を減らすために歯面のすべりを増やすとピッチングが起こりやすくなる。しかしピッチングを防ぐために歯の面積を増やすと摩擦が増えるため、このループから抜け出すために歯車の新たなデザイン・開発が求められているのだという。

「減速機の効率を上げることはエネルギー効率を上げることとイコール。つまり、歯車の摩擦低減は非常に大きな意味を持ちます。これは日産のリーフに搭載済みの機構ですが、駆動側の歯車の表面を整え、従動側では逆に荒らすと摩擦抵抗が大きく下がることがわかりました。簡単に言えば荒らした面が良い油溜まりになるわけです。従来はこれを研削で行っていましたが、今後はレーザによるテクスチャリング(表面荒らし)といった技術開発も必要になるでしょう。世間では歯車は『すべてやり尽くした技術』だと思われていますが、そんなことはありません。まだまだやるべきことが山積しているということをご理解いただければと思います」(塩飽氏)

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(2023年3月10日号掲載)