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Opinion

東京財団政策研究所 主席研究員 柯 隆 (か りゅう)氏

気球危機からみる日本の安全保障のあり方

世界の上空を巨大な白い気球が飛んでいる。しかも、それは一つだけでなく、複数の気球があちらこちらで飛んでいる。これらの気球がどこから来たのか。アメリカ政府が関連の情報を公表する前、誰も気球の存在すら知らなかったようだった。アメリカ政府の発表を受けて、中国政府は突如としてそれは民間の気象研究用気球と発表した。しかし、その発表は遅すぎた。米軍は米国領海の上空でその白い気球をミサイルで打ち落とした。

1963年、中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年、同大卒業。94年、名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)。長銀総合研究所国際調査部研究員(98年まで)。98~2006年、富士通総研経済研究所主任研究員、06年より同主席研究員を経て、現職。静岡県立大学グローバル地域センター特任教授を兼職。著書に『中国「強国復権」の条件』(慶應義塾大学出版会、2018年、第13回樫山純三賞)、「ネオ・チャイナリスク研究」(慶応義塾大学出版会、2021年)などがある。ミツトヨやキヤノングローバル戦略研究所などのメンバーが参画する『グローバル・サプライチェーンと日本企業の国際戦略』プロジェクト研究会も主催する。

白い気球の存在が発表されたのを受けて、もともと中国訪問を予定していた米国ブリンケン国務長官は急遽、中国訪問をキャンセルした。これで気球問題は危機にレベルアップしてしまった。

ここで、まず明らかにしておかなければならないのはこの気球はほんとうに民間の気象研究用の気球かどうかである。このことについていまだに確固たる証拠が得られない。少なくとも中国政府は民間の気象研究用気球と主張するならば、その持ち主は出てきて詳細について記者会見する必要がある。今のところ、中国外交部(外務省)の報道官以外、誰も記者会見を開いていない。

米軍は打ち落とした気球の残骸のほとんどを回収できたといわれている。それを分析すれば、これがなんのための気球かを判明するのは時間の問題である。問題は米軍によって打ち落とされた気球以外にも、複数の気球はいまだに世界の上空を飛んでいるようである。しかも、中国政府も自国の上空を正体不明の飛行物体が見つかり、打ち落とす準備に入っていると発表した。

こうしたなかで、防衛省は「過去の飛行物体は中国の偵察気球」と断定したと発表した。問題は過去の飛行物体についてなぜそのとき、発表しなかったのかである。それが中国の偵察気球であると断定したのはいつのことか。過去、それが中国の偵察気球だと断定したならば、なぜ必要な措置を取らなかったのか。しかも、関連の法整備すらなされていない。それは事実だとすれば、怠慢といわざるを得ない。

今回の気球危機を受けて、与党議員を中心に怒り心頭のようだ。気球危機は歴史上の元の襲来に負けないほど深刻さは日増しに増幅している。気球危機の本質はなんであろうか。それは国際秩序が乱れていることである。

気象気球であれば、正々堂々と飛ばしてなんの問題もない。仮にそれは偵察気球だとすれば、まさに危機をもたらす原因となる。とくに、ヨーロッパは戦争の真っ最中である。東アジアでも地政学リスクが高まっている。こうした不穏な事態において秩序が乱れ、国家間の信頼が崩れている。

■戦争止める努力が不十分

世界主要国は軍事予算を増額している。日本も防衛予算をGDP2%に引き上げると発表して、岸田政権は財源の寄せ集めに奔走している。世界はまるで第三次世界大戦に突入する準備に入っている。

戦争は最初の一発目の銃弾によって着火される。世界を鳥瞰すれば、まさに不気味な空気が漂っている。ここで、重要なのは戦争に向かって走っている火の車にブレーキをかけることである。日本はその防衛力をみればわかるように戦争のできない国である。しかし、防衛予算を増やす努力に比べ、戦争を止める努力は明らかに不十分である。岸田政権は安倍政権と同じように民主主義の価値観を重視する姿勢を鮮明にしているが、戦争を未然に防ぐために、プーチンや習近平などの独裁者とも対話することも重要である。日本が米国の影に隠れることは逆に日本を窮地に陥れる可能性がある。日本独自の外交戦略が求められている。

2023225日号掲載)