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Opinion

愛知大学 国際ビジネスセンター所長 現代中国学部 准教授 阿部 宏忠

中国は「生産年齢人口の波」をどう克服するのか

2022年に人口減少社会に突入した中国では、日本以上に急速に進行する少子化に歯止めをかけようと、第3子の出産を容認するなど、各種少子化対策を矢継ぎ早に打ち出している。

未来の中国を担う年少人口がとかく注目される一方で、いまの中国を支える生産年齢人口も重大な転換期を迎えている。中国最多のベビーブーム世代(1963~71年生まれ)が定年退職に達し、かつてない大規模な労働人口の減少が見込まれるからだ。

この状況を中国の人口ピラミッドで確認してみよう(グラフ)。中国の法定定年年齢は男女一律ではなく、男性が60歳、女性は一般労働者が50歳、幹部が55歳と定められている。

中国ピラミッド.jpg

男性の場合、5559歳の世代(5681万人)がこれから順次定年退職を迎える。すでに定年に達した6064歳の世代(3436万人)と比べ2200万人以上も多い。一方、新たに生産年齢人口に加わる1014歳の世代(4804万人)は定年世代に比べ約900万人少ない。

これを全体でみれば、この5年間で約11千万人が生産年齢人口から外れ、高齢人口に移行するのに対し、年少人口から生産年齢人口に加わるのは8900万人に留まる。つまり、生産年齢人口は約2500万人も減少してしまう。しかも実際には高校や大学の就学者を除くため、実労働者はさらに少なくなる。

このような定年退職者と新規就職者の増減に大きく左右される「生産年齢人口の波」は、実体経済にも多大な影響を与える。具体的には、長期成長の要素となる労働投入量の減少と貯蓄率の低下(=資本ストックの低下)である。労働力人口の減少は人手不足をもたらす。人手不足を補おうと求人しても簡単ではない。処遇条件のよい人気業種にばかりに殺到し、「3K」職場には一向に人は集まらないからだ。中国の若者の失業率が21.3%6月)と過去最悪を更新しているのも、こうした背景がある。

■定年延長は「奥の手」となりうるのか

生産年齢人口の抗しがたい波を少しでも和らげるため、中国政府が長い時間をかけて慎重に準備を進めている政策がある。「定年年齢の引き上げ」である。日本では1980年代から年金支給方式とともに段階を踏みながら議論、整備が進められ、超高齢社会への主要対策として定着している。

他方、中国では建国まもない1951年に「中国労働保険条例」で上述の定年年齢と年金支給基準が制定されて以来、一度も見直されていない。当時の平均寿命は50歳足らずで、「労働者が国家の主人公」とする中国にとって十分な内容だった。

しかし、平均寿命は77.4歳(WHO2023年版世界保健統計)と大幅に上昇。60歳以上の高齢人口は3億人に近づき、建国100周年の2049年には5億人に達すると見込まれている。年金など社会保障費が国家財政を圧迫している中、定年延長は回避できないところまで来ている。

中国政府は2012年から「年金年齢の弾力的な引き上げ政策を研究する」として、政府内部での議論をスタートさせた。議論と法案策定は慎重に進められ、第145カ年計画では期間内に公布、実施する正式な政策課題として示した。20223月には江蘇省で試験的ながら定年延長が導入された。しかし、現時点で政府による定年引上げの具体案は依然として公表されていない。

この状況に、私の中国の友人たちは「国民の大多数が定年延長に反対だから」と声を強めた。「中国の中年層は著しい経済成長期を生き抜いてきた世代。これ以上の労働は望んでいない」「現行の年金制度が改悪されてしまうのではないか」など、70年も継続されてきた制度の変更の動きに対し、国の立場は理解しつつも、不安や不満は根強い。今年4月にフランスで発生した年金制度改革をめぐる大規模デモを引き合いに出し、反対する意見もあった。

老後のセーフティネットが十分に整備されているとは言えない中国で、年金受給は国民にとって絶対に譲れない既得権益となっている。コロナ禍を経た中国政府にとって、「大砲よりバター」の扱いが悩ましいのかもしれない。

2023810日号掲載)