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Opinion

X-HEMISTRY 代表取締役 新貝 文将 氏

Matter普及が日本のSH市場後押し

スマートホーム分野において日本は世界に大きく水を開けられている。スマートホーム先進国であるアメリカはスマートホームデバイス(スマートTVとスマートスピーカーを除く)の普及率が2023年Q1のParks Associatesの調査で41%であり、所有するデバイスの数は16年時点では平均3.5個であったのに対し21年には8個まで拡大している。別の調査ではスマートホーム家電・機器を1台でも所有する人の割合は80%を超えているとの報告もあるなど、自宅にスマートホームデバイスを自覚的に採用することが当たり前となりつつある。

プロフィール
これまでのスマートホーム事業の立ち上げや国内外のネットワークを活かして、2019年にX-HEMISTRY(ケミストリー)を創業。スマートホーム事業のプロ集団として三菱地所が提供するスマートホームサービス「HOMETACT」の立ち上げなど、日本企業のスマートホーム事業開発や海外企業との協業など事業推進の伴走支援を行なっている。

それに対して日本のスマートホーム家電の普及率(スマートTVやスマートスピーカーを含む)は、(一社)リビングテック協会が今年行ったネット調査によれば13%と所有率が高い国と比べると5倍以上の差が生まれている。調査の仕方によってその差分は縮まるが、いずれの報告書でも日本の普及の遅さは目立っている。

そうした状況は昨年10月にバージョン10が公開されたスマートホームの統一規格「Matter」を策定している団体「CSAConnectivity Standard Alliance)」の会員数550社の内、日本企業がわずか十数社でしかないことからもわかる。

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活用が進む分野でも違いが見られる。日本でスマートホームというとスマートホームスピーカーをイメージするが、アメリカではスマートホームセキュリティ分野が市場を作ってきた。日本の警備サービスの普及率は数%程度であるのに対し、アメリカは40%にも達している。これはアメリカが日本よりも犯罪が多いことだけが理由ではない。スマートホームセキュリティ分野が誕生する2010年以前はアメリカでもホームセキュリティは普及率20%程度の非成長市場であった。しかし、スマートホームとホームセキュリティを一体にすることで新たな支持層を獲得し、年間1520%ほどで成長する分野へと変身した。スマート化が新市場の開拓に役立つ可能性は大いにある。

■革新的統一規格「Matter」

一方で、スマートホーム導入を躊躇させる要因の一つが初期設定の複雑さやセキュリティ面への懸念だろう。昨年10月に公表されたMatterはそうした状況を打破できる統一規格だ。スマートホームに対する規格は2000年代に乱立されて以降、常に統一に向けて取り組まれてきたがそこへと至ることはなかった。それに対して、MatterZ-Waveとスマートホーム規格を2分してきたZigBee Allianceを前身とするCSAにおいて、AmazonGoogleAppleなどが中心に参画するワーキンググループ「CHIPConnected Home over IP)」を設立したことに端を発する。スマートホーム分野の大手であるテックジャイアントが手を組んだ規格であることから新スタンダードを確実視されている。

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Matterのロゴ(左)。Bluetoothと同様に将来的にはこのマークを見て製品を購入するようになりそうだ

規格の特徴はMatter対応のスマートデバイスを買えば、GoogleAppleなど様々なスマートホームのプラットフォームに即座に接続できる点。Bluetooth対応の機器と同様に、スマートホーム機器も電源に接続してQRコードなどを読み込めば簡単にペアリングできる。機器ごとの専用アプリを必ずしもダウンロードする必要がなくなるため、初期の離脱要因が解消される。加えて、複数のエコシステムに一つのスマートデバイスを同時に繋ぐことができるため、異なるプラットフォームを使用する家族も連携に困ることはない。家庭内のローカルネットワークで完結できるように設計されているので、インターネット回線が切れても動作するのも大きな進歩だ。

セキュリティに関しては、Matter用の半導体にブロックチェーン技術を用いて個体識別番号を付与しており、正規のIDを保持している機器しか家庭内のネットワークに接続できない。得てせず模造品を購入してしまったとしても、家庭内のネットワークセキュリティが侵される心配が低減できる。

■スマートホーム×AIエネマネで必須に

Matterによって家庭内のスマート化が進んだ先の未来もアメリカを指標にすると見えてくる。近年、アメリカで導入が進むのがエネルギーオートメーション分野だ。自然エネルギーの活用やEV活用の進展などにより、電力使用量の増加と発電量の不安定化が危惧されているため、需給バランスに応じで価格を変動させるダイナミックプライシング導入が電力分野でも検討されている。雑化する状況に対し、人間の対応力では限界があるため、生活パターンに加えて、天候予測や電力需要情報を活用したAIによる最適化が必要とされ始めている。GoogleMatterをきっかけにスマートホーム用のスクリプト言語を出した。従来よりも複雑なオートメーションも組めるようになってきている状況もそこに拍車をかけている。

電力需給に関する問題は国内の方が深刻だ。今夏も東京電力管内では電力需給のひっ迫が懸念されているし、これまで価格が抑えられていた夜間電力料金もEVの普及で見直しがなされる可能性がある。そうした中で政府もダイナミックプライシングの検討に入っている。国内のスマートホーム化はMatterによって促進されるだけでなく、必須項目の一つとなる未来もすぐそこまで来ている。

(2033年6月25日号掲載)