日本物流新聞生産財と消費財の業界専門紙として半世紀を超す実績。
日本物流新聞社のWEBサイトでは、
ものづくりを支える工作機械、工具、ロボット、産業機器等の情報から、
ハウジングはじめ住まい・暮らしの様々なニュースをお届けしています。

検索

News

新聴覚「軟骨伝導」製品化へ弾み

 奈良県立医科大学の細井裕司学長が2004年に発見した「軟骨伝導」。骨伝導以来、500年ぶりに発見された第3の聴覚だ。論文は多く発表され学会では認められるものの当初は、外耳道閉鎖症患者向けの補聴器などに用途が限られていた。19年に立ち上がったベンチャー企業「CCHサウンド」が軟骨伝導専用の小型振動子を開発したことで普及に弾みがつく。
 「骨伝導の市場がおよそ3000億円。骨伝導は振動子による圧迫・固定などが必要であり痛みを伴うことも。多くの点で軟骨伝導に優位性がある。骨伝導がやがて軟骨伝導に置き換わる可能性が高い。それ以外の製品はほとんど空気を伝って鼓膜を振動させる気導だが、3割程度の使用環境では軟骨伝導に優位性がある。スマホもやがて軟骨伝導に代わるかもしれない」と細井裕司学長は、市場性から話し始めた。
 その背景には「論文をいくら書いても世界の人々に届かなければ役に立たない。製品化して誰でも市場で簡単に購入できないと意味がない」(同)との思いがある。
 耳の周辺の軟骨に振動を与えると、外耳道軟骨がスピーカーのダイアフラム(振動板)の役割を果たし音が生まれる。以後は気導と同様に鼓膜から中耳を通り蝸牛で音を感じ取る。補聴器の研究などをしていた細井学長が04年に振動装置を耳の周辺にあてていて突如、発見した。なお、軟骨は「骨」という字が含まれているが骨とも皮膚とも異なる組織である。
 当初、バランスドアーマチュアという方式の高価な振動子を使っていた。医療機器の補聴器ならコストが高くとも製品化できるが、コンシューマー向けの製品を作るには安価な振動子の開発が必要だった。

■オーディオテクニカが初製品化

 19年には軟骨伝導に関連する特許の独占実施権を取得した「CCHサウンド」(京都府)が誕生。音響・聴覚機器に使用できる専用音響デバイスの研究開発を進め、21年には安価なダイナミック型による小型の振動子を開発した。
 初の製品化は昨年10月、ライセンス契約を結んだオーディオテクニカが「ながら聴き」の常識を変える、世界初のワイヤレス軟骨伝導ヘッドホン「ATH-CC500BT」を上市した。
 耳の穴をふさがないので、周囲の音が聞き取れ、かつ音漏れも少なく音質も優れていることから今後はヘッドホンだけでなくスマホ、スマートグラス、スマートウォッチなどへの応用も期待できる。
 「今、ぜひ製品化してほしいのがインカムだ。現在は片耳で無線通信を聞いて、片耳で周囲の音を聞いている。片耳では方向感覚が十分得られない。軟骨伝導なら両耳で無線の通信と周りの音を聞き取れる。警察や消防などからビアホールなどの飲食店まで活用の可能性はある。われわれが直接製品を作れるわけではないので、興味を持たれたメーカーに参入してほしい」(同)と話す。
 現在は「CCHサウンド」の開発した振動子を開発メーカーへ販売することで市場の創出を目指しており、今後はいかにより多くのプレイヤーを巻き込んでいけるかが普及のカギとなりそうだ。
 「ほとんどすべてのメーカーは気導を前提にすべての製品開発を行っている。もし開発の前提に『軟骨伝導』という選択肢が加われば、メーカーの蓄積したノウハウと掛け合わされ、新たなイノベーションが起こるかもしれない」と、細井学長は将来を見据える。

2023515日号掲載)